SELF LINERNOTES

SPECIAL INTERVIEW

北園みなみ promenade Special Interview

初CDをリリースした謎の新世代シンガーソングライター

2 0 1 2 年夏、ネット上にこつ然と登場した謎のシンガーソング
ライター、北園みなみ。1990年生まれ。長野県松本市在住と
いうこと以外のプロフィールはほとんど明らかにせず、打ち込
みと生楽器を巧みに融合させた多重録音による自作曲で、耳
の肥えたリスナーを魅了しながら面食らわせてきた。ポップで
メロウでエキセントリック。変拍子連発で予測不可能な展開な
のに、つい口ずさみたくなるほどのポップ・センスに溢れかえっ
ていた。満を持して発表された初CD『promenade』は全曲、
すぐれたミュージシャンを迎えてのバンド・サウンド。北園みな
みの楽曲にダイナミックさまで加わったら、あやうく音楽だけで
ポップスの行方を変えてしまいそうじゃないか。
CD発売を期に、秘密のヴェールの向こうから一歩前に足を踏
み出した北園みなみにインタビューした。さて、ちょっとだけ教
えてください、「あなたはいったい何者なんですか?」
Interview & Text by 松永良平

“北園みなみ”の誕生

そもそも、北園みなみというのは本名ではないんですよね?

はい。これから音楽活動を始めようかというときに、たまたま詩人の北園克衛の本が目に入ったんです。そこから名字をもらいました。名前はそこに「みなみ(南)」を付け足せばいいんじゃない かと。

“北と南”ってことですよね(笑)。それが2年前の夏。

はい。22歳でした。それまでは、ほとんどインストゥルメンタルの曲を作ってばかりいたので、とにかく知人には歌を歌っていることを知られないようにしようと。

「これから音楽活動を始めよう」という決意をしながら「知られないようにしよう」としていたんですね。

歌詞をつけて自分で歌を歌うということに抵抗がありました。それまでも弾き語りを少しやってはいましたが、そういう活動とパソコン上で自分の曲を完成させるという作業がまだ出会ってなかった状態でした。でも、歌が前よりはちょっとマシになったかなと思えるようになったので、そろそろ自分でトラックを作って歌を乗せてみようと思ったんです。

そこからすぐにSoundCloudにアップしていったんですか?

そうです。

北園みなみとしての音楽制作と作品発表を始めるにあたっては、背中を押してくれた友人がいたということですが。

はい。その友人と2012年の正月に一緒に酒を飲んでいて、「作って誰かに聴かせて、そこから良いも悪いも意見はあると思うけど、そこをいったん超えなければダメだ」って言われたんです。確かにそうだなと思いました。

彼はそのとき、北園みなみとしての音源を聴いていたんですか?

そのときは聴いていないです。ここ1年くらいで知ったんじゃないかな?

音楽を聴いて、ではなく、友人として「やりたいんなら、ちゃんとやれ」と言ったんですね。

そうですね。行動について言ったんだと思います。それまでの活動が自分で何がやりたいのか、よく分かってなかったということもあります。女性シンガーとシンセサイザー1台で作ったトラックでライヴをしていた時期もありますし、端から端までやってきたような気はしないでもないですね。ただのロック、宅録、特徴のないポップスの伴奏……(笑)。でも、友人に言われたときに、音楽で自分を試してみる価値はあるな、と思ったんです。そうやって出来た音源は、自分では全く取るに足りないと思って気分が悪くなったんですけど、それでもSoundCloudに発表しました。

「取るに足りない」と思ったんですか? いやいやいやいや(笑)

本当にそう思っていました。でも、人が「ちょっといい」と言ってくれて、ようやく自分でも、いいんじゃないかなと思えるようになってきました。自分がどこまで出来たかとかではなく、かつて聴いた音楽や、今聴いている音楽と比べることが基準になるので、いつまでも自分の作るものは至らない気持ちです。

「エビはカニじゃない」の衝撃

作曲を始めたのはいつ頃ですか?

小学生のころ、鍵盤ハーモニカでCMソングとかのメロディの耳コピをしていました。そこからですかね。小5、小6くらいのころには、メロディをドレミの片仮名で書き留めていました。でも後から見直すと規則性がなくて自分でもよく分からないので、しかたなく楽譜を書けるように勉強をし始めました。それが中学校に入ったくらいですかね。

ピアノを習ったりとかは?

小学4年生から5年生にかけて1年だけ習ってましたけど、全然記憶にないというか、さぼってました(笑)。覚えているのは、マイナーの曲が好きだったってことです。楽譜も見ずにフォームだけ覚えて指だけで弾いていたんですけど、それを横にずらすとメジャーの曲でもマイナーになったりするから、そういうことを繰り返していました。Cメジャーを三度下にしてAマイナーにするとか。

その時点で、すでに切ない響きを獲得していたんですね。

そうですね。そこから作曲に興味が湧いたのかなと思います。

そこを作曲原始時代とすると、さらに石器時代というか農耕文化に進んでいくにあたっての転機は何かあったんですか?

うーん。たぶん、編曲をしたいと思うようになったのが大きかったのかな。ビッグバンドに興味を持ち始めたんです。ビッグバンドの音楽には夢を感じました。音楽を楽しめるという意味でも、構造が全然分からないという意味でも、惹かれるものがあって。そこから気合いを入れて編曲をしていこうという気持ちが生まれ、作曲にも繋がっていったという感じです。

北園みなみの根幹をなす要素が少しずつ提示されてきました。「ざくろ」のような、誰をも驚かせるクオリティの曲をアップしつつも、北園みなみの謎の部分として同時にクローズアップされるのが、おなじSoundCloudにアップされた「エビはカニじゃない」のようなナンセンス・ソングや、Berryz工房のももち(嗣永桃子)への偏愛を表明したリミックス群なんですよね。とりわけ「エビはカニじゃない」での、高品質なシティ・ポップに無意味の極みの歌詞(笑)。あれでみんな、さらに「何者?」感を掻き立てられたと思うんですが。

コミックバンドやお笑いへの憧れがすごくあります。そこが何にも勝るというか(笑)。小学生のころに、あるお笑いのライヴを見に行きました。見てる間、ずっと笑い続けていたんです。お笑いって本当に素晴らしい、音楽ではこんな爆笑は起こらないのに、お笑いは人を感動すらさせられる。その経験が忘れられません。お笑いを追求している人たちをとても尊敬しています。

「エビはカニじゃない」なんかは高度すぎて「ふざける」どころか呆気にとられますけどね(笑)。シティ・ポップやAORの歌詞で歌われる、地に足の着いてないお洒落なライフスタイルや風景へのアンチテーゼなんじゃないかと深読みする人もいそうですけど。

それは考え過ぎなんじゃないですかね(笑)。あれは、スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンが書く不可解な歌詞を自分で日本語に訳したりして追求した結果でもあるので(笑)